随筆t025「Sk」「高田」2015/01/16 09:16

NHK-ewseb20150114==韓日議連会長 「慰安婦問題 解決へ努力を」:韓国の国会議員で作る韓日議員連盟のソ・チョンウォン会長は、14日、自民党本部を訪れ、谷垣幹事長と会談した。 会談では、ことしが日韓国交正常化から50年となることから、良好な日韓関係を作るために大事な年であり、双方が努力して日韓首脳会談を実現できる環境を整えることが重要だという認識で一致した。 そのうえで、ソ会長は、いわゆる慰安婦問題について「慰安婦は高齢化しており、慰安婦問題が解決すれば日韓両国のさまざまな問題も解決する。日本政府が努力すれば首脳会談も実現できる」と述べた。 これに対して谷垣氏は、「慰安婦問題を巡っては、日本の国会議員で作る日韓議員連盟と韓日議員連盟でこれまでも議論してきており、そうした取り組みを今後も続けていかなければならない」と述べた==。駈け足の早い『おねだり豊』というお笑いタレント芸人がいるが、NL洒落て曰く【おねだり韓国】。ここまで来ると政治的捏造利用とはいえ-NL造語【国の性分 おねだり文化】としか言いようがない。【蛮国には 確としたシカトが一番】、【甘えん坊将軍曰く 捨て置け!】(z561)が思い出される。
NL洒落「高田と墨田」:高田といえば「高田馬場の決闘」を思い起こす。元禄7211日に江戸郊外戸塚村の高田馬場(現 新宿区西早稲田)で起きた、伊予国西条藩松平頼純の家臣、菅野六郎左衛門ら(若党と草履取りの計3人)と村上庄左衛門ら(3兄弟を含む6,7人)による決闘である。中山安兵衛こと堀部武庸が菅野に助太刀して名を挙げた。決闘日の昼ごろ、酔いからさめた安兵衛が菅野の手紙を見て「すわ一大事」と慌てて高田馬場へ駆け出して助太刀をし菅野側が勝利する。「堀部ほりがこの決闘を見ていて安兵衛に扱帯(しごきおび)を貸す」という将来の結婚相手と運命的な出会いが決闘の時にあったという逸話もある。 助太刀をした安兵衛の評判を聞きつけた赤穂藩士の堀部金丸が、安兵衛を娘婿に迎える。赤穂藩主浅野長矩の刃傷事件はこの7年後の(1701年)元禄14年。翌年、安兵衛も参加した赤穂浪士による吉良邸討ち入り事件(元禄赤穂事件)が起きる。吉良上野介義央の邸宅は本所松坂町(現 東京都墨田区両国)にあった。 この決闘から元禄赤穂浪士仇討事件における堀部やすべいの活躍ぶりは、幼少時代の絵本や映画などでよく覚えている。特に「すわ一大事」と馳せ参じる姿と、吉良邸での暴れ振りが今でも脳裏にある。NL洒落【高田の婆 と 墨田の爺】、いいと思います! 婆(ババ)とは堀部ほり、爺(ジジ)とは吉良上野介である。